山本一力「辰巳八景」
「辰巳」とは江戸深川のこと。
江戸城から見ると、深川が辰巳の方角(東南)に当たることからつけられた別名である。
その江戸深川を舞台にした「永代橋帰帆」、「永代寺晩鐘」、「仲町の夜雨」、「木場の落雁」、「佃町の晴嵐」、「洲崎の秋月」、「やぐら下の夕照」、「石場の暮雪」という八つの物語が書かれている。
それぞれの物語に登場してくるのは、ろうそく屋、せんべい屋、米屋、鳶、材木商、町医者、三味線屋、芸者、飛脚、履物職人など、名もなき商人や職人たちである。
そうした人たちの生業の様子が詳しく書かれているので、物語の面白さだけでなく、その生活を覗き見る面白さも同時に味わえる。
なかでも著者自身の作家としての修業時代を下敷きに書かれたのではないかと思われる「石場の暮雪」が興味深い。
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山本一力「いっぽん桜」「八つ花ごよみ」
いずれも山本一力の短編集だが、どちらも題名に花の名前をつけた短篇ばかり。
「いっぽん桜」のほうは「いっぽん桜」「萩ゆれて」「そこに、すいかずら」「芒種のあさがお」の4篇が、「八つ花ごよみ」は「路ばたのききょう」「海辺橋の女郎花」「京橋の小梅」「西應寺の桜」「佃町の菖蒲」「砂村の尾花」「御船橋の紅花」「仲町のひいらぎ」の8篇が収められている。
いずれも市井の名もなき人たちの人情話ばかり。
江戸の風情を味わいながら、寄席で気持ちのいい噺を聴いているような気分にさせてくれる。
その彩りになっているのが、それぞれの花という趣向である。
桜、萩、すいかずら、あさがお、ききょう、女郎花、小梅、菖蒲、尾花、紅花、ひいらぎ、といった花々である。
このうちよく知らないのは女郎花(おみなえし)と尾花。
そこでちょっと調べてみたところ次のような花だった。
まず「女郎花」はオミナエシ科の多年草で、日当たりのよい山野に生える高さ約1メートルほどの草花。
夏の終わりから秋に、黄色の小花を多数傘状につける秋の七草のひとつ。
<女郎花(おみなえし)>
そして次の「尾花」だが、これはススキの別名だそうだ。
聞いたことのない名前だとは思っていたが、ススキとは。
馬の尾に似ているところからススキの別名として使われたということだ。
これも秋の七草のひとつ。
ちなみに秋の七草を数えてみると、女郎花、尾花(ススキ)、桔梗、撫子(なでしこ)、藤袴、萩、葛(くず)となり、このうち4つがこれらの短篇の題名に採り上げられている。
さらに春の桜、小梅、菖蒲、夏の紅花、すいかずら、あさがお、冬のひいらぎ、と春夏秋冬の花々が並べられている。
そうしたことを念頭に置きながらそれぞれの話を読んでいくと、よりいっそう深く味わえるかもしれない。
今回は、この2冊の短編集で、思わぬ勉強をすることができた。
こういうことも読書の楽しみのひとつである。
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山本一力「蒼龍」
山本一力の小説を最初に読んだのは「深川黄表紙掛取り帖」という小説であった。
この小説を読む前に、映画化された「あかね空」を観ており、それで興味を惹かれてこの小説を読んだように記憶している。
ところがこれがあまりピンとこなかったので、以後彼の小説は敬遠して読むことはなかった。
ただ先日「ぼくらが惚れた時代小説」を読んだことがきっかけで、それに誘われるようにもういちど彼の小説を読んでみようと思ったのである。
そこで選んだのがこの「蒼龍」という短編集であった。
結論から先に言うと、この小説は当たりであった。
表題作「蒼龍」のほか、「のぼりうなぎ」「節分かれ」「菜の花かんざし」「長い串」が収められている。
どの話も粒ぞろい。
「のぼりうなぎ」や「節分かれ」では商売をするうえでの工夫や辛抱の大切さを、「菜の花かんざし」「長い串」では武家社会を生きることの切なさや家族の絆、友情の尊さといったもの教えられた。
そして表題作の「蒼龍」では、困難な状況に置かれても希望を失わない夫婦の姿を通して、勇気を与えられた。
「蒼龍」は1997年にオール讀物新人賞を受賞した作品で、事実上のデビュー作である。
当時作者の山本一力はバブルで莫大な借金を抱え込み、小説を書くことでその苦境から逃れようと考えていた。
その姿を時代物に移し変えて書いたのが、この「蒼龍」という小説である。
作者の必死な気持ちが、作品のなかに脈々と流れているのが感じられる。
どの小説も読後感が爽やかで、しみじみとした人情が味わえるものばかり。
いい小説と出会えてよかった。
山本一力は同じ昭和23年生まれである。
そんな僅かな共通点ではあるが、そうしたものが見つかると存在が急に身近に感じられる。
これを機会に他の小説も、読んでみようかなと思っている。
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山本一力、縄田一男、児玉清「ぼくらが惚れた時代小説」
何か時代小説の面白いものはないかと探しているときに、偶然この本を見つけた。
時代小説作家の山本一力と評論家の縄田一男、そして児玉清の3人が、作家や作品について語った鼎談である。
興味をひかれて読んでみた。
山本一力は松本清張に出会って時代小説に目覚め、縄田一男は長州藩の祐筆の家柄ということもあって時代小説には特別の思い入れがあり、児玉清は少年時代に剣豪ものの面白さに夢中になって以来の時代小説のファンである。
いずれも年季の入った時代小説の読み手である。
そんな3人の時代小説に対する情熱と知識の豊富さは群を抜いている。
中里介山の「大菩薩峠」に始まり、白井喬二氏の「富士に立つ影」、そして吉川英治、山本周五郎、大仏次郎、山岡荘八、司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平、松本清張へと話が及び、岡本綺堂、野村胡堂、子母澤寛へと遡り、さらに五味康祐、柴田練三郎、笹沢佐保、国枝史郎、川口松太郎、南原幹雄、南條範夫、新宮正春、山田風太郎、隆慶一郎、白石一郎、宮城谷昌光、北方謙三、平岩弓枝、杉本苑子、永井路子、北原亜以子、澤田ふじ子(その他にもまだまだいるが)と次々と興に乗って話は尽きない。
3氏ともほんとうに時代小説が好きなんだなということが熱く伝わってくる。
読んでいるだけで、時代小説が無性に読みたくなってしまう。
さらに話題は映画にまで及ぶので、時代劇ファンとしてはうれしい限りであった。
そもそもこの鼎談は、2005年の「週刊朝日」に掲載された、「読者が選ぶベスト『歴史・時代小説』」がもとになっている。
そのなかで、一般読者や各界の時代小説ファン974人が寄せたアンケート結果を見ながら3氏が話し合った。
しかしその場ではまだ話し足りなかったことから、この企画が持ち上がり、あらためて話し合ったものが、一冊の本としてまとまったのである。
その時のアンケート結果は次のようなもの。
作品別ベスト10は、
1.「坂の上の雲」司馬遼太郎
2.「竜馬がゆく」司馬遼太郎
3.「宮本武蔵」吉川英治
4.「蝉しぐれ」藤沢周平
5.「鬼平犯科帳」池波正太郎
6.「徳川家康」山岡荘八
7.「新・平家物語」吉川英治
8.「樅ノ木は残った」山本周五郎
9.「燃えよ剣」司馬遼太郎
10.「国盗り物語」司馬遼太郎
そして作家別ベスト10は、
1.司馬遼太郎
2.吉川英治
3.藤沢周平
4.池波正太郎
5.山本周五郎
6.山岡荘八
7.井上靖
8.吉村昭
9.大仏次郎
10.平岩弓枝
作品別ベスト10で読んでいないのは、「鬼平犯科帳」と「新・平家物語」、作家別ベスト10では、いちおう全員のものを読んではいるが、池波正太郎、大仏次郎、平岩弓枝のものはごくわずかしか読んでいない。
夢中になって読んだのは、司馬遼太郎、藤沢周平、山本周五郎、そして吉川英治の「宮本武蔵」。
いちおうアンケート通りのオーソドックな読み方をしているようだ。
ただし今回の鼎談のなかでは、現在の作家たちについてはそれほど触れていないので、その点はいささか物足りない。
それでも初めて知るようなエピソードや、知識が盛りだくさんに詰め込まれており、歴史・時代小説の大まかな流れを辿れるような話題になっているので、これから時代小説の世界に足を踏み入れようとする人にとっては、貴重な水先案内になるだろう。
時代小説の魅力に触れることのできる楽しい本であった。
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