風に吹かれて

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Category: 読書

Tags: 伊坂幸太郎  

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伊坂幸太郎「アイネクライネナハトムジーク」

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4年ぶりに読んだ伊坂幸太郎の小説である。
ここで書かれているのは6つの短編だが、それが微妙に重なり合って、最後にはすべてが繋がるという連作短編集である。
伊坂作品でいえば、以前読んだ「終末のフール」と似たような構成である。
ただし今回は、<強盗や泥棒、殺し屋や超能力、恐ろしい犯人、特徴的な人物や奇妙な設定、そういったものがほとんど出てこない>
本の惹句を借りれば、<奥さんに愛想を尽かされたサラリーマン、他力本願で恋をしようとする青年、元いじめっこへの復讐を企てるOL……。情けないけど、愛おしい。そんな登場人物たち>である。
しかし話の内容は、変わらずいつもの伊坂節。
軽妙な会話や巧妙な伏線、そしてラストにそうしたものすべてがジグゾーパズルのように見事に収まっていく。
いつもながらのサプライズに満ちた小説である。

作中たびたび登場してくる、路上で歌を売る「斉藤さん」は、歌手、斉藤和義がモデルである。
伊坂ファンならすぐそのことに気づいただろうが、残念ながらあとがきを読むまで気がつかなかった。
そして「斉藤さん」が提供する歌は、すべて斉藤和義の歌からの引用になっている。
こうしたところにも伊坂幸太郎の手の込んだサプライズが、用意されているのである。
いろんな角度から楽しめる小説である。


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Tags: 伊坂幸太郎  エッセイ・評論  

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伊坂幸太郎「3652」

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これまで読んだ伊坂幸太郎の小説は、「終末のフール」「重力ピエロ」「魔王」の3冊、そして観た映画化作品は、「アヒルと鴨のコインロッカー」「フィッシュストーリー」「重力ピエロ」「ゴールデンスランバー」「ラッシュライフ」「死神の精度」の5本である。
それほど多くを読んでいるわけでも、観ているわけでもなく、また特別にファンというわけでもないが、そのいずれもが面白く、気になる作家のひとりである。
その伊坂幸太郎が書いたエッセイ集「3652」を読んだ。
これは2000年に作家デビューして以来2010年まで、10年の間に書いたエッセイをまとめたものである。これが初エッセイ集である。
この奇妙な題名「3652」というのは、その10年間の日数のことを指している。
そして表紙カバーの裏側には、10年という言葉を使ったいくつかの言葉が引用され、説明するというおまけがついている。
10年間で発表したエッセイの数は87編、けっして多くはない、というか少ない数である。
そのことについては、あとがきで次のように書いている。

<エッセイが得意ではありません。とエッセイ集の中で書くのは非常に心苦しいのですが(天ぷら屋さんに入ったら、店主が、「天ぷらを揚げるのは実は苦手なんだよね」と言ってくるようなものですから)、ただ、エッセイを書くことには後ろめたさを感じてしまうのは事実です。もともと、餅は餅屋、と言いますか、小説を書く人は小説を書くことに専念して、その技術やら工夫の仕方を上達させていくべきで、たとえば、エッセイについては、エッセイの技術や工夫の仕方に時間を費やしている人が書くべきだろうな、という気持ちがあるのですが、それ以上に、僕自身が至って平凡な人間で、平凡な日々しか送っていないため、作り話以外のことで他人を楽しませる自信がないから、というのが大きな理由です。>

そう書いてはいるものの、この本に書かれたエッセイはどれも面白い。
なるほどと思わせるものや、思わず笑ってしまうもの、いずれも興味深く面白いものばかり。
それが時には物語仕立てになっている時もあり、小説を読んでいるような面白さも味わえた。
そしてこうやって彼の小説は出来上がっていくのだな、といった舞台裏を覗く面白さも同時に味わえたのである。

とにかくこの本には様々な音楽や本、映画が取り上げられている。
映画については得意分野ということもあって、知っているものばかりだが、音楽や本に関してはここで初めて目にするものが多い。
思いつくところを挙げていくと、たとえば、「ザ・ルースターズ」「マンドゥ・ディアオ」「アナログ・フィッシュ」「ミッシェル・ガン・エレファント」といったもの。
これらはパンク・ロックのグループ名らしいのだが、いずれも初めて聞く名前ばかり。(彼はロック、それもパンク・ロックのファンだそうだ。)
また佐藤哲也、本多孝好、吉村萬壱、打海文三、新井英樹、花沢健吾、マリオ・バルガス=リョサ、ニコルソン・ベイカー、スティヴン・ミルハウザーといった作家たち、「えっ、どんな人?」といった人物ばかりなのである。
だが彼が書いたこれらのミュージシャンや作家たちについてのまっすぐで誠実な文章を読むと、ぜんぶ聴いてみたくなり、また読んでみたくなるのであった。

また「僕を作った5人の作家、10冊の本」というエッセイのなかには、影響を受けた5人の作家の名前を挙げている。
赤川次郎、西村京太郎、島田荘司、夢枕獏、そして大江健三郎。
こちらは、いずれも有名作家ばかりなので分かるが、大江健三郎以外は読んだことがない。
だが大江健三郎にしても学生時代に、初期の作品を読んだくらいで、それほどよく知っているというわけではない。
しかしこれを読んでいると、そのすべてを読んでみたいという気になってくる。

この他にもミュージシャンの斉藤和義や黒沢清の映画を好きなものとして挙げている。(これはおそらく伊坂ファンにとっては周知の事実なのだろうが)
斉藤和義は彼の小説を映画化した「フィッシュストーリー」のなかでロックバンドが歌う曲を作曲しているし、彼との対談集も出している。
また黒沢清の場合は、いくつかの小説に登場する人物、泥棒の「黒澤」は、彼の名前からのいただきだということであった。

また漫画「ドラえもん」や「キャップテン翼」なども少年の頃夢中になったもののひとつとして挙げており、その影響についても書いている。

さらに次のような印象的なエピソードも書かれている。

「ハードボイルド作家が人を救う話」というエッセイのなかの話である。
それはあるミステリー新人賞の選考が終わったあとのパーティー会場でのこと。
選考委員から手厳しい評価を受けてかなり落ち込み、自分が小説を書く意味などないなと考えていたところ、北方健三から声をかけられた。
そして「とにかくたくさん書け。何千枚も書け」「踏んづけられて、批判されても書け」「もっとシンプルな話がきっといい」という内容の話をしてくれた。
そしてその言葉に救われ、結局小説を書き続けることができたのであった。

また同じ仙台在住の伊集院静との話も披露されている。
それはこんなもの。
ある席で伊集院静から「小説というのは、理不尽なことに悲しんでいる人に寄り添うものなんだよ」と言われたことがあり、それが気に入り、以来そのことを「伊集院さんに聞いたんですけど・・・」といった前置きをしてよく話していたところ、ある日伊集院静から電話があり、「律儀に私の名前を出さなくていいから。あれ、もう、あなたの言葉にしちゃっていいから」と言われたそうだ。
これはエッセイのなかで書かれたエピソードではなく、エッセイに添えられた注釈のなかで披露されたエピソードである。
この本にはすべてのエッセイに作者自身の注釈が添えられるという仕掛けがされており、それを読むのもまた楽しい。
つまり2倍楽しめるような工夫がされているのである。

そんなこんなのすべてが伊坂幸太郎の小説を形作る基になっているわけで、そこから彼独特の小説世界が生み出されていくというわけである。

<僕の書いているフィクションには、『こうやって生きなさい』というようなメッセージはない。『○○を伝えたくて書きました』と言い切れるテーマもない。ただ、そうは言っても、『暇つぶしに読んで、はい、おしまい』では寂しい。そういうものではありませんように、と祈るような気持ちも実はある。漠然とした隕石のようなものが読者に落ちてほしい、といつだって願っている>
そして<メッセージや意味とは別の「何か」>があるような小説を書きたいと願っている。
さらに<優れたフィクションとは必ず誰も視たことのない世界を描くものだと思っている。>
そして<小説家というのは自分の想像力を駆使して、小宇宙を作る人なのだなあ、そうあってほしいなあ、としみじみ思う。さらにその小宇宙は独り善がりのものでは決してなくて、その外側にいる人間と共有するものなのだな、と>。

この本を読むことで、ますます伊坂幸太郎の小説を読みたくなってきた。そしてさらなる面白い小説、「強度ある」小説を書いて欲しいと、あまり熱心ではないファンのひとりとして思うのであった。


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伊坂幸太郎「魔王」

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伊坂幸太郎の「魔王」を読んだ。
前半と後半の2編から成っており、前半が「魔王」、後半がそれから5年後の「呼吸」という二部構成になっている。
現代日本にムッソリーニを彷彿させるような政治家犬養が現れ、その動向に危惧を抱いた主人公安藤が、たったひとりで阻止しようと立ち上がるが、謎の死を遂げてしまう。
そして5年後、安藤の弟、潤也が兄の意志を継いで犬養への挑戦を秘かに計画するというストーリーである。
安藤兄弟はともに、不思議な能力を持っていることに気づく。
兄は自分が思った事を相手に喋らせることができる「腹話術」という能力を、弟はジャンケンや賭け事に負けないという能力を。
果たしてそれを超能力と呼んでいいものかどうか、といったちょっとあやふやなところにある能力ではあるが、それを頼りにファシズムの波に敢然と挑んでいく。
超能力者ものの華々しさはなく、むしろ地味でちょっと笑ってしまうようなところもあるだけに、こういうことって意外とありうるかもと思わせられ、よりリアリティーを感じさせられた。
結局物語のなかでは、その戦いの結末が書かれることはないが、現代日本の政治状況や世相がリアルに描かれており、いかにもありそうな物語として迫ってくる。
こうした危険な状況が今の日本に現れないとも限らないなといった危険な匂いを漂わせながら展開していくので、どんどん話のなかに引き込まれていってしまった。
そしてこういう難しい設定のものを、こんなふうなエンターテインメントに仕立て上げ、独特の読後感を残すのは、やはり伊坂幸太郎らしいなとちょっと感心してしまったのであった。


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映画「ゴールデンスランバー」

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原作は伊坂幸太郎、第5回本屋大賞を受賞した小説である。
何者かの謀略によって総理大臣暗殺の犯人に仕立て上げられた男が、さまざまな人の手助けを受けながら逃げ続ける、和製「逃亡者」といった内容の物語。
主演は堺雅人。
題名の「ゴールデンスランバー(Golden Slumbers)」はビートルズのアルバム『アビイ・ロード』に収録されたポール・マッカートニー作曲の曲名から採られたものである。
「アヒルと鴨のコインロッカー」ではボブ・ディランの「風に吹かれて」を、「フィッシュ・ストーリー」では同名の曲を、といったふうに、伊坂幸太郎の小説には音楽ネタが重要なモチーフとして採り上げられることが多いが、これもそのひとつ。
ポール・マッカートニーが険悪な状態に陥ったメンバーたちを仲直りさせたいという気持ちでこの曲を作ったというエピソードが作中で語られるが、それがこの逃亡劇の内容をうまく暗示している。
「無様な姿を晒してもいいから、とにかく逃げて、生きろ」という大学時代の友人である森田森吾の言葉どおりに必死に逃げ続ける主人公青柳雅春。
そして「僕に残ってる武器は人を信じることだけだから」という彼自身のセリフが示すように、大学時代の友人や恋人を始め、つぎつぎと彼を助ける人たちが現れる。
例によって曖昧模糊とした展開や数多く張られた伏線が、感動的なラストへと向かって収束していく。
青柳にとっての「黄金のまどろみ(ゴールデンスランバー)」とは、大学時代の仲間たちとの青春の日々のことだったにちがいない。
そのことを彼はこの逃亡劇のなかで再認識するのである。
映画を観た後、原作も読んでみたいという気持ちにさせられた。





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映画「フィッシュストーリー」

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落語の三題噺のような映画である。
ただしここでの題は3つではなく、映画「ベストキッド」、「沈黙の戦艦」、「アルマゲドン」、そしてパンクロック、さらに原作者、伊坂幸太郎自らの小説「終末のフール」の5つの題を繋ぎ合わせた物語である。
「FISH STORY」とは「ホラ話」という意味である。
まったく関係のないエピソードを強引に繋げて作った「ホラ話」。
まさに「風が吹けば桶屋が儲かる」式の話であるが、それが最後にピタリと繋がったときの快感は、やはり伊坂ワールド独特のものだ。
最初に観た時は、もどかしさに途中でいささか退屈しかけたが、最後の謎解きになると一気に映画の世界に引きずりこまれた。
そしてさらにもういちど観なおしたときは、感動ではからずも涙を流してしまったのである。
作中で大森南朋がつぶやくセリフ、「そういうことって、あってもいいんじゃないのかなあ」という言葉に素直に頷いてしまった。

日常の小さな出来事が、時間空間を越えて繋がって、最後は人類滅亡の危機を救うという壮大な物語を観ていると、意味のないように思える日常の出来事が、とても大切なことに思えてくる。
大げさに言うならば、そうした小さな積み重ねが地球規模のものにも繋がっているということだ。
そう思うと、なぜか強く勇気づけられるような気がしてくるから不思議だ。
そしてあだやおろそかにはできないな、とあらためて考えさせられた。

音楽担当は斎藤和義、彼の作った主題歌「FISH STORY」が劇中何度も繰り返して歌われるが、「ぼくの孤独が魚だったら」というフレーズとともにこの曲がいつまでも頭から離れない。

監督は中村義洋、「アヒルと鴨のコインロッカー」に続く伊坂幸太郎作品の映画化である。




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Author:cooldaddy
住んでいるところ:青森県弘前市
出身地:香川県
年齢:今年(2008年)還暦です。
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還暦という節目を迎え、何か新しいことを始めようとブログを開設しました。
趣味のこと、生活のこと、心に残ったことなど、My Favorite thingsを、気ままに書いていこうと思います。
末永くおつき合いください。

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